溶原変換

常在菌として咽頭粘膜に安住していた毒素を作らないジフテリア菌が、毒素を作るようになってジフテリアという病気を起こすと、それまでの安定した粘膜という環境の状態は激変する。患者が死亡すれば、同時にそれまでジフテリア菌が依存していた存在環境も失われる。逆に患者が回復して、いわゆる免疫を獲得したとしても、やはりジフテリア菌はそのヒトの咽頭粘膜には安住しにくくなる。いずれにしても、それまでの安定した存続は望めなくなる。もし同一の宿主における安定した存在を願うとすれば、ジフテリア菌は毒素を作らないほうがよい。すなわち毒素遺伝子を保有したペーターファージが、プロファージとして感染していないほうがよいということになる。

少なくともジフテリア菌にとっては、ジフテリアを起こすことが何にもまして必要であるということはなさそうである。この意味でも、ジフテリアという病気を起こす主役はジフテリア菌ではなくて、べーターファージであるということになると思う。今までの話はジフテリアという病気の、いわば正体を知るためのものだったが、このようにファージが、分子生物学的には必ずしも必要とされない遺伝子を保有している例はいくつも知られている。