日本の物価のふしぎ

それでも、顧客がもっているはずの電子マネーやクレジットカードを使わずに支払いをしてしまえば、個人情報は手に入りません。消費者金融業者やTSUTAYAのように、なにかを貸すサービスを本業としている企業は、情報戦略の面ではかなり有利なのです。また、無料ビジネスの手法を試そうとする企業は、ITツールでの情報ルート整備を検討するだけでなく、金融サービスの要素をいかに入れるかも、可能であれば考えてみるべきでしょう。たとえば、なにかの無料サービスを提供する際に、それなりに価値がある機器を貸し出したうえで、あとで返却してもらうシステムにしておけば、高いレベルの個人情報を集めやすいはずです。

物価であっても将来予測はむずかしく、インフレとデフレ、どちらの予測が正しいかは結果をみるしかありません。しかし、資源価格の高騰が日本の物価にどう影響するかは、データで確認できます。じつは2010年まで、資源価格の高騰は。日本の物価にさほど影響してきませんでした。これをどう考えるかがポイントになりそうです。たしかに、原油などの資源の国際価格(国際的な商品相場)を、日本銀行発表の「日本銀行国際商品指数(米ドル建て)」でみると、1998年を境に、急勾配の上昇トレントに転じています。98年からみているのは、90年代で一番安い年だったからです。また日本銀行国際商品指数は、約3分の2は原油(精製してガソリンなどの石油製品にする前の石油)の値動きを反映し、銅、金、トウモロコシ、コーヒ大旦、豚肉などの価格も加味した指数です。

ところが、同じ1998年を境に、日本の消費者物価は下落傾向に転じています。両者のグラフだけをみると、「国際的な資源価格が高騰しているときは、日本の消費者物価は下落してデフレが生じている」という比較的はっきりした関係が読み取れます。それなりに経済の知識がある人ほど、この関係に驚くでしざつ。「資源価格の高騰は、資源がない日本のような国の物価を上昇させ、インフレにつながるはずだ」と思い込んでいるからです。しかし、それは石油ショックが起きたころには正しかったのでしさつが、いまは、明らかにまちかっています(少なくとも、1990年から2010年にかけての日本には、まったく当てはまりません)。

1990年代のうち、1998年までは、資源価格が下落傾向にあるなかで、日本の物価は少しずつ上がっていました。そして、1998年から2010年にかけて、日本銀行国際商品指数は3・5倍になりました。プラス250%という大幅上昇です。2008年までの数年間で特に急上昇し、リーマンショ″クの影響で2009年は一時的に下がりましたが、すぐまた2010年には上がり、上昇トレントを維持しているようにみえます。ところが同じ1998年から2010年までのあいだに、日本の消費者物価は約4%下落しています。物価についての代表的な指標のもうぴとつであるGDPデフレーターは、同時期に約14%も下落しています。とにかく、日本の物価は下がり、明らかにデフレが進みました。

なぜ、こんな不思議な現象が起きるのでしきつか。大きな理由は2つありそうですが、本書に関係が深いひとつだけを、ここで説明します。その理由とは、日本の消費者物価は、資源の価格よりも、労働コスト(賃金)に左右されやすいこと。このあたりは、日本経済についての基本データ、たった2つで簡単に説明できます。まず日本経済全体で、1年間で消費や投資などに使ったモノやサービスのなかで。海外から輸入したモノやサービスがどの程度を占めるかを、2009年度でみると、19・7%しかありません。これを「輸入依存度」といいますが、日本の輸入依存度は、ブラジルに次いで世界最低レベルです(かつては、10%を下回っていました)。たぶん、多くの人には意外な話でしょうが、経済の専門家のあいだでは常識とされてきたことです。