泥臭さに浸るな

わたしが以前ともに仕事をしたことのある英国人のSEがそういう男だった。しゃれたブリティッシュースタイルのスーツに身を固めて、朝出勤してくると当日中に解決しなければならないバグ(コンピューターシステムの不具合のこと∵リストに目を通す。そして、コーヒーをすすりながら、端末の前に座ると調査を開始する。その集中力たるや、本当にすごい。数分の休憩もとらず、トイレにも立たず、昼食時まで端末のキーボードを猛スピードで叩きながら調査を続ける。人が声をかけてもほとんど聞こえていない。頭のなかでは、コンピュータのコードと数値が目まぐるしく展開されているのだろう。

昼食時も手を休めない。近くのカフェでサンドイッチを買ってくると、それをほおばりながら端末を叩く。まさに一分一秒もむだにしないのである。わたしが感心して見ていると彼は時計を見て帰り支度を始めた。ちょうど五時。終業時刻だ。だが、とうてい朝渡したバグーリストが定時までに片づくわけはないと思ったわたしは、彼にバグが片づくまでは帰れないと警告した。日本人の感覚では、すべての問題が片づくまではたとえ徹夜になっても作業を続けるのが常識だからだ。しかし彼は、首を横に振る。なんでもデートの時間らしい。わたしは、さすがにそれは無責任じゃないかと思って表情を険しくしたが、そんなわたしに彼は、朝渡したバグーリストを手渡し、「すべて片づいた」とひとこと言って、さっそうと帰っていった。

なんともクールな男である。まさしくプロフェッショナルだ。超人的な集中力、就業時間中は一分といえどもむだにしないプロ意識、定時までに目標をなんとしてでも達成する高度な技術力と強靭な精神力。「デートがあるから」という理由も、じつにしゃれていてよい。比して、多くのSEはどうだろうか。その日の仕事に明確な目標を置かず、時間を無駄遣いし、結果的に大量の残業に追い込まれ、そのくせたいした実績は残せない。SE諸君は、ぜひこのクールな英国人を見習ってほしいものである。

日本人と欧米人の職業に対するスタンスに大きな違いがあることは、いまさら言うまでもないだろう。極端に言うと日本人の職業における美徳は「時間」。欧米人の美徳は「効率」といえる。たとえば、仕事で同じ成果を上げるにしても、欧米ではできるだけ短時間で達成したほうがより評価される。しかし、日本では必ずしもそうでもない。自分のノルマを速く達成したからといって、他人よりも早く退社すると白い目で見られる。おなじみの横並び気質というやつである。